2017_06
11
(Sun)11:19

びわのおばあちゃん

木曜日の昼過ぎに
棚田の向こう側に一人で暮らしているおばあちゃんが
「びわ採りにおいで」 と やってきました

「妹が とって帰ったけど まだ 熟れちょんがいっぱいあるけ 今からとりおいで」

畑作業を中断して 行きます

木熟のびわを ちぎっては食べ ちぎっては食べ・・・じゅるじゅる^^
「木熟は 味が違いますよねぇ~」と 喜ぶ私を見て喜ぶおばあちゃん
「この木がうちの木やから。いつでも もいで食べりよ。私がみよらんでもいいけね。」
・・・その ありがたいお言葉は 何度もいただいております。
   でも それを忘れてしまい また同じことを言うのです

びわ小

おばあちゃんは もう80過ぎていますが
一人で暮らして 畑も作っています
散歩もします わたしよりたくさん歩けます
3キロほどある バス停まで あるいていき買い物も自分でしているようです
たまに 荷物をもって帰っているのを見かけたら 声かけ 車にのせて帰ります 

最近毎日のように 棚田下の ジョンの散歩道を通って 我が家まで来て
同じことを聞きます
同じ説明をします
でも翌朝また 同じことを聞きに来ます
覚えていることもありますが
多くは 忘れ その日のうちにまた聞きに来ることもあります

「覚えきらんのよね・・・すぐわすれるっちゃねぇ」 と 自分の状態もいまはまだ わかっています
「ごめんねぇ 約束してて 迷惑かけてないやろか」・・・それが一番気になるようです

「わたしもす~ぐわすれるっちゃ」と笑うと 安心したように笑います
「あんたまだ若いけぇ」「検査で 少し できんやったことがあったんよ。」 と 言っています
「しょうがないよ。みんな としとるんやもん。
わかっとうけぇ 約束忘れても おこらんよ。でも 忘れんようには がんばろうね。」
そう言って
日時や 私の名前を聞きます
「(/ω\)イヤンわかっとるよぉ」 と笑いますが・・・ 正解は出ません

あはは がんばれぇ~

まいにち・・・日に 3度というときもあります

「今日は お前のマブダチ こんやんか」 とあの人
「びわ くれたんで  ちょっと落ち着いたんやない?」
「そんなもんか?」
「たぶん・・・出かけてた時 来てたかも・・・」
そんな話をしながら
びわを食べました

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2016_07
14
(Thu)15:10

雨があがりました

降りました~~

山がどこもかしこも川に変わったように 水がざあざあ流れて

うちも一緒に流れるかと思いましたが 無事とどまっております

ジョンは涼しかった分元気で 夜中も雷に向かって吠えておりました 
吠えた後には苦しそうにしているのが心配で 私は寝不足です

あまりに雨が降るので 
どうしようもなくどしゃ降りの中鳴いていた
蝉たちもかなり生き残ったようです(今日はまた うるさい・・・x_x)

夏野菜たちに病気が入ったかも・・・
今朝は ギンギンの日の光の中 キュウリとオクラが花をつけていました

トマトは・・・だめかも

あの人のビオトープは当然のごとく 氾濫しましたが

めだかの赤ちゃんたちは 雨のかからないところに避難させていて これも無事でした
DSCF3433.jpg

そして あのひとの症状が とてもよくなりました
(これは豪雨とは関係ありません^^;)

治験が終わってからの3か月 月1の検査では 徐々に悪い数値が出ていたのですが

4回目の今回 寛解と言ってもいいくらいの数値が出ました
本人も体が軽く感じられてきたと言っていました

治験が終わって 3か月すぎたら 次の治験の申し込みができます
悪化したら 治験しましょうと 張り切っていた 主治医は
次回の治験があきらめられないようで
「また悪くなるかもしれないから ここで治験を受けて しっかり押さえこんでおきましょう」と
やはり 治験おすすめですが
治験の薬はそんなに軽いものではありません
効くかどうかもわかりません

あの人は 水素水が効いたと だから 治験より 水素水で行ってみたいようです
私は 前回1年の治験でかなり症状が良くなってきた今 食事と 水素水でいこうと言っています
食事って大事だと ジョンもいいます((・_・))ハイ! 


なんにせよ あの人は もう治ったかのように朗らかで
私もなんだかうきうきしています^^

みなさまにも 長いこと
ご心配 応援 していただきありがとうございました

ほんのひと時のことかもしれませんが
長い長い 雨が上がったような気分です


 。。。あ それでも 夫婦喧嘩はしますけどね((・_・))ハイ!




 いろんな意味で
。。。 どうなるのでしょう 。。。この夏。。。

2016_05
05
(Thu)22:44

こどもの日に

ジナンから カーネーションが届きました

DSCF2723.jpg

小さい時には なけなしのお小遣いで お花買ってくれていたのに
中学くらいからは くれなくなりました
いくら催促しても くれなかったカーネーションです

「え もう届いた? 期日指定ができんやったっちゃ~
・・・ うん まぁ いつもできるかどうかはわからんけど
 初めての給料やし・・・」と ぼそり

サイコーに幸せです






2016_04
19
(Tue)22:00

被災地に 友人がいるということ

ここは 九州でも端っこの方なので 微々たるものだけれど
幾度となく かたかた・・・ と揺さぶられると
なんだか不安
その回数も減ったが

まだ熊本の方はぐらぐら揺れているようだ

今日は凄い雨風

昨夜 益城で被災した友達と電話で話す
日曜日は車で寝ていると言っていた
テントは 自前があって 家のすぐ横の空き地を借りれたので そこで生活するとのこと
「キャンプですか~」
「そうそうw 電気も来たし すぐ横に家あるけんね。入れるくらいには片付けたしね」
水と食ものは配ってもらえてるから大丈夫やし 職場でちゃんとした昼食べれるから 
仕事に行けるのがありがたい
と 笑う
無事が確認できた日曜日の 元気な笑いとは違っていた

あの時 ひとしきりひさしぶり~~と 感激して
「今日までは休みやったけどあしたっからは 仕事いかなんよ~~;」
「え~~ こんなときに~~??くるまうごくんなら うちにおいでよ!ここもどこまで大丈夫かはわからんけど」
「ありがとう!たしか そっち方面への道路はダメなんちがうかいな~」
そんな話したのだ

疲労が感じられる
でも 現地でがんばるとのこと
「いよいよのときはよせてもらうけん」と 笑う
御主人もお仕事があるし 
こんな時だから職場も大変なのだろう

この風雨は 被災地では どんな風に吹き荒れてているのだろう・・・

ホテル 旅館 を無償で利用できるようにしたとニュースで言っていた
障害のある人 病気の人・・・ 役所で手続きの後・・・

「体こわれるまえに 仕事休んで さ 遊びにおいでよ ね」
それだけ 再度言って 切る
電話で話すのもきつそうに思える
電話もメールも いっぱい来るだろう 
対応もしんどいだろう
電話も控えよう


雨が きらいだ








2016_01
22
(Fri)14:23

大寒に・・・

昨日  故郷の父の墓参りにいきました

父が 逝ったのも大寒の頃 たいそう寒い日でした

DSCF2060.jpg

ジナンがおなかにいて Drストップがかかっていたわたしは
今日か明日かというような状態の父に 最後の挨拶をして あのひとと、実家の片付けに戻っていったのですが
途中休憩に寄った 従姉のうちでラーメンをつくってもらい 
食べている途中だったと思います 
お箸がぱっしんっととても大きな音を立ててすっ飛びました。

3人は無言で目を合わせ
主人が 「早よ 食え。 病院に戻るぞ。」といいました
私が病室に戻り父の横に座って すぐでした

部屋につめていたみんなを家に戻した わずかの時間
あのひとも 私を病室に残し私の実家の片付けにトンボ返りしていました。

わたしは父の手をもっていました
ちょっと売店に行っていた母が 戻ってくると
 父は息を引き取りました

DSCF2063.jpg


私はよくお風呂から出た後爪を切っており
「夜爪を切ると 親の死に目に会えんよ」と 母に注意されていました
親の死に目になんか会いたくないと私は言い返していました
 
あの時おはしがすっとばなければ 会えてなかった死に目です
ほんとにお箸が すっ飛んだのかさえ いまではもう ぼやけてはっきり思い出せませんが

お酒の臭いをぷんぷんさせながら
いやだいやだと 本気で嫌がる幼い私をつかまえ
じょりじょり青髭をくっつけてくる父
くっさい酒の息
けたけたかん高い笑い声
鬼瓦のような笑顔
大昔の    とうちゃん
今もはっきり浮かんできます




2016_01
10
(Sun)22:52

祝 成人

成人の日は 明日ですが
成人式は今日だった 自治体は 多いようですね

わが市も 今日成人式で
ゆりちゃんは 今日また 晴れ着を着たようです

どんぐりゆりちゃんに再会2 
朝の5時半にメール着信音が大きく鳴り響きました
ゆり母からでした (はやいよ~~ねむいっちゃ~)

朝5時半から着付けで
成人式への送り迎え
明日は 他県の学校へと戻る新幹線駅まで送っていくそうです
成人しても 親は大変なのよね

どんぐりさんの赤ちゃん  成人の記念樹に  今日は 忙しいでしょうから 後日届けます
DSCF1354.jpg 
 (安心してください どんぐりの木も 小さくして 残してますよー) 

最後のお子さんの成人式は やはり感無量のようです
わたしも ゆりちゃんの成人式は特別に嬉しい
小さい頃を知ってると 晴れ着姿がまぶしくてじ~~んときます

UP.jpg
年賀状 みなさんで大喜びで見てくださったとのこと
「ゆりちゃんのどんぐり」の記事も とても感激してくださったらしく
 ほっ・・・(。-人-。)ヨカッタ~

新成人さん 
ここまで育ててこられた親御さん
おめでとうございます
2015_12
22
(Tue)11:28

冬至に

まだ咳き込みますが 話せるようになると
またしても にょきにょき・・・ハハゴコロ~)) )
いっこうに連絡もくれない薄情な 独立心旺盛な息子らが 
風邪ひいてないか 寒い思いはしてないかとよけいな心配

電話する母・・・「いつ帰って来るんネ~?」・・・( 〃´艸`〃)


ジナンは26か27日に帰ってくる予定が まだ 新幹線の券を買ってないと・・「明後日買いに行く予定。買えんかったら帰れんけー」とあっさろけろり・・・「3日には戻らんといけんけ~3万かけて帰ってきて1週間とかないわ~3万かけて帰ってきたら1ヶ月はおらんと赤字や~」・・・(・ε・)

チョウナンは「正月~?勤務はいっとんで帰れん。」 以上・・・(´Д`;) 
・・・ ┐(´_`。)┌・・・

寒がるキンギョソウDSCF1982.jpg


ちゃんと食べよるんね?
今日は冬至なんよ かぼちゃ食べリいよ ・・・ぼそっと母のつぶやき
2015_11
19
(Thu)22:35

 彦山へ

従姉と 彦山に行きました

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英彦山は 小中学校の校歌にも入っていた 故郷のシンボルです

故郷の人たちは 英彦山を敬っておりました

学生時代 宿屋で仲居さんのバイトもしました

でも もう~~~ず~~っとご無沙汰

神様に お詫びしてきました

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小学校のころ 従姉一家にまじって 英彦山に登ったときの思い出話で 大笑いしながら ぜんざいを食べました

女の子が男の子に混じってまんま男の子のように 遊べたのは
小学校に上がる前から 低学年の頃にかけてですね
当時の従姉は 活発で頭もよくて何でもできて 男の子になんか負けてなくて
私の憧れ ヒーロー(^^;) で 
いつも 従姉の後を追っかけておりました

小さい頃の 思い出話にも火がつきました

お人形遊びや おとなしいままごとは あまり覚えていませんが
ままごとも 外で 本物のカミソリとかを使って しょっちゅう 指を切りました
ままごとの家は 山の中の隠れ家です

やんちゃな遊びは 全て 従姉とその遊び仲間から学びました
ちっちゃい私は 本気でかまってももらえないし 
その分甘やかされもしません
ただただ あそんでほしければ ついて行くしかないのです

てってけってけ ひっしでおっかけるちびっ子の私を 
友達と遊ぶのに夢中で 振り向いてもくれない従姉でした

深い川で おぼれて 何度も死にかけました^^;

そんなときだけは やってきて ちゃちゃっと 助けてくました
助け方も乱暴ですが 上手でした

手や足をぐいぐい引っ張って岸に連れて行くのです
暴れたり しがみついたりしたら 沈めて おとなしくさせて 引っ張っていくのです 
息を吹き返したら
また ほっぽって ちゃっちゃと 遊びに出かけるのです

大人は ま~ったく 関与せず ほんとに子どもの世界

今じゃ 考えられん あっぶないことばっかしやってたよね
よく死なんかったよね 

大いに笑いました



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昔は 急な 長い長い階段を 歩きました  かけっこもしました

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今では モノレールみたいな 未来ぽい乗り物が運んでくれます
今では すっかり お上品なおばちゃま(^^;) に なった二人には ちょうど良いですね
2015_11
13
(Fri)22:40

あの人のお気に入り

でーとが悪かったのか 体調を崩して ヒヤッとさせくれたあの人ですが
一過性のものだったようで 
また元気になりました

しかしお天気のほうは 本格的に崩れました
雨が ざあざあ降っています
風も良く 冷たいです
冬を招く雨です

あの人のお気に入りのちゃんちゃんこ
もう ぼろぼろと言っても良いくらいなのですが
捨てさせてくれません
この冬もお世話なります
ぶんぶく茶釜なのよ 狸のちゃんちゃんこ

みなさんも 風邪ひかんごと ぬくうしてね

それと 庭はむ植えるところがないのに
秋月で つい 買ってしまった
これもあのひとの おきにいりの いろはみじ と 十月桜
苗
雨にしこたまぬれています
どこに植えよかな・・・
2015_11
02
(Mon)22:47

ゆり母の お土産ですよ~

おお!
    素敵なお家に見える!!
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ドライフラワーは 先生が用意してくれて 組み立てただけだそうですが お手製
ちょっと 形がゆがんで見えるのは お手製ならではの ご愛嬌(^x^)
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こっちは あまった材料 
なんか作ってみてというので まとめただけ^^;(いつもの手抜き)
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ハロウィーンの 突然のおきゃくさま・・・ゆりちゃんの母のお土産ですー 

彼女の 名誉のために 
・・・冷蔵庫で糖度を最高まであげた 栗を ただ取りに来ただけでない
と 言うことをきちんと伝えておかねばかなと・・・(*≧艸≦)ププッ

あ いやw とっても素敵なんで チョトご紹介しますо(ж>▽<)y ☆

スコーンや サイズが合わなかった(大きすぎたんじゃなーい!肩が小さいんですってー!!)まっさらのシャツとかも
もって来てくれましたんで~す 

栗は 大きくて とっても甘かったと メールが来てました^^v

都会の人と田舎の人と物々交換じゃなw
2015_10
24
(Sat)20:00

コスモス畑のふたりは ・・・

前回UPした コスモス畑

そこで パシャパシャ写メってるおばちゃん
「逆光~w」 「へったくそ~」と やじりながら待つおいちゃん
仲睦まじい 中年あるいは熟年夫婦に見えたかも

実は・・・

ふたりの喧嘩の種は尽きません

喧嘩してれば ドライブ時間は短く感じられるという利点はありますが


151022_1536~01


あの人の検査治療中
外で時間つぶししている私に
あの人の携帯が充電切れで 
約束の連絡とれず
待つこと3時間 (と あの人はいう)
そういうときに限って治療も検査も 早く終わる 

( ̄^ ̄) いつもは 連絡なくても11時過ぎたら 迎えに来るくせに とか
(`ε´)・・・今日は 終わる30前くらいに電話って約束したからまっとったんでしょ!(`ε´)

(`ε´)・・・私だって まだかまだかと 連絡待ってたのに ・・・(`ε´)
( ̄^ ̄) なんで おかしいと思ったら 様子見に来んか とか

私のせいにしなくては気がすまない

(`ε´)・・・そもそも 充電切らしたんは だれね・・・(`ε´)

(-""-;) 携帯使えんかったら 別の方法考えんね?
( ̄^ ̄) 公衆電話から電話したら 『公衆電話からは ツナがりません』ち  
(-""-;) そしたら ずーっと待つ だけ?
( ̄^ ̄) ほかにどうする 待つしかないやろ!
(-""-;) もし私が 気づかんままやったら?
( ̄^ ̄) 待つしかないやろ? おまえ 一人で帰るか?

お子ちゃまですかー!!

ややもすると永遠に続きかねない
不毛な言い合いですが

あの人も やはり 体調が良いと 機嫌良くなるのが早く
検査結果が 良かったのは 何にもまして うれしくて
コスモス畑はみごとで・・・ 

151022_1535~03


コスモス畑に つれていってくれたあたり 多分 私が悪いとも思ってないのでしょうか


私が笑っていると まあ 喧嘩は続きませんわね
売られた喧嘩を買わねばすまない 私も まだまだ お子ちゃまですかね(・ε・)


2015_08
27
(Thu)18:00

台風一過 

台風がいってしまうと
ぐんと涼しくなった里山
今朝7時の 外気温は 19度

台風の後片付けもせず
なんだか無気力・・・

ギボウシ


台風とともにジナンが去った 昨夜
 
ジョンが 何度も何度もジナンの寝ていた小さな和室を覗いて
く~んく~と甘え声を出していました

夜半 12時過ぎ ついに泣くような声になって ぅあんぅおんおん!と吼えていました
「ジョン!! もうおらんの!帰ったの! 」というと

暗い下の道に向かってワンワンワンとしこたま吼え
「ジョン!! うるさい!」 と 叱られおとなしくなりました

ジナンが友達と遊んで夜 帰ってこないこともあったのに
これまでのお休み帰省の時も ここまでなかったので
なんだか不安です
ジョンお前までいなくならないでよね;

今朝も ジナンどこ?といわんばかりに 私にくっついてくるジョンを見ていると
こらえていたものがこみ上げてくるようでした


jonn トリミング


多分こんなに長い期間を一緒に過ごせることはもうなくなります
日常の中から 息子が いなくなっちゃった

男が就職するって こういうことなんだなぁ

DSCF0994.jpg


息子たちが学校行く時は 外まで見送ってたのに
あの人の時には いえのなかからいってらっしゃーい だったのを
ちゃんと外で お見送り(^^;)するようになりました
あはは・・・息子たち見送ってやれないモンで あの人で・・・^^;ノシ

多分もうすぐ ジナンの分まで きあいいれてすんよ 「いってらっしゃい」

元気でがんばってね 事故らないように いってらっしゃいノシ

なんにもわかってないあの人は ある日突然はじめた 新婚ごっこ に戸惑って まだ慣れてない様子です
2015_05
09
(Sat)22:46

日々あわただしい安穏

県内に勤めていたチョウナンが, この4月から千葉県に転勤になり落ち込んでいました

辞令から1ヶ月で 
4月2日早朝に 引っ越していきました
勤務をこなしながらの準備に大忙しで 手伝ってもらうほうが面倒だからと 
顔も見せてはくれずに バタバタ引っ越していきました


姫ウツギ  姫うつぎ


連絡があったのは4月5日の真夜中
「お宅の息子さんを救急車で搬送中です」・・・と見知らぬ男の人からの電話でした 
え~~@@??
最初は 詐欺か何かでは・・・とも思いましたが
お金の請求もなく
親切な 本物の救急隊員さんでした


その夜はねむれるはずもなく・・・ネットで調べまくり
翌日 キャンセル待ちを狙って 空港に向かう途中電話で 
「インフルエンザやったから 来んでいいから」と息子本人から電話

    カモミール 150502_1757~03


まあ 行って インフルエンザがうつって かえって迷惑かけるかもとも思ってる矢先
ぎっくり腰・・・転んで痛めた腰を・・・><

腰も動くようになり いくぞーとはりきっていると GW
 こりゃダメだ・・・いっそ C肝の薬終わったら行こう と思っていたらば
チョウナンから ℡
「盆も正月も 休みないらしいから GWになんかの切符取れ次第 帰るわ
 3日か4日になると思うし 5日には もどらんといけんけど・・・ 」

インフルエンザの後 きついやろ 
引越し荷物もまだ そのままナンやろ?
むりせんでいいよ・・・
・・・とは 言いませんでした

「うんうん 一目で良いから 顔 見たい」

   ミニあやめ  ミニあやめ

チョウナンは5月3日 暗くなってから 「ただいま!」と帰って来、 
たった 1日だけ 家でごろごろして 5日の朝戻っていきました。

私が 駅まで送っていきました
おそらく 母にしか出せないホンネや ぐちを車のなかで吐き出して
発車時刻までまだ間があるのに さっさと降りていきました。
聴くのにいっぱいいっぱいで 言えなかった 母心を
後で 家についてから電話で伝えました

「切符取るの たいへんやったやろ
列車で10時間もかけて きつかったやろ
ありがとね 顔見れただけで うれしかった!
体にキイつけてね。 
盆や正月でなくても良いから また 帰ってきてよ。」

   エンドウの花 150502_1757~04



そして 昨日 あの人が 新薬の治験入院 (今日は退院しましたけどね)
私は C肝治療 残り2週と2日です
 歯茎が 腫れて いましたが リンパまで腫れたり
治療した歯が取れたり。。。 痛み止めで 持ちこたえています  
2014_11
21
(Fri)20:25

月末退院

退院が決まり おおにこにこのあのひと

「もう退院まで来んでいいぞ!」 なんていってます

でも その後で 「日曜日 Tシャツ3枚もってきて」と メール

はいはい 私は パシリ ですよ 

え@@ 月末って もう来週じゃないですか

のんびりしてもおられない

あたふたと やりかけの仕事

・・・? なんかへん 141116_1636~01

年末のお掃除や年賀状描き   今年も いかげん・・・





あのひとと いれかわりに 私が入院します (2泊だけね)

あの人が入院中にと思ったのですが とんとん拍子に退院がきまり 
こっちのほうが間に合いませんでした^^



C型肝炎ウィルスの新薬適性検査の結果 適合したそうで主治医の先生 大にこにこ

「ほんとに ウィルスがなくなるんですか?」

「なくなります」にこにこ おきくうなづき

「ハイ受けます」というと オ目目がなくなるくらいにこにこで

ちょっと きりっと真顔で
「インタフェロンよりずっとずと楽で副作用もほとんどないけど
あんまり簡単に考えてはいけないから
最初 2日ほど 念のため 入院してください」

「はい!よろしくお願いします。・・・長いこと お待たせしました センセ 」

「・・・ほんとですね^^」 

      感無量感漂う二人((笑))

春に咲く予定の絹サヤ 実までできてるkinusaya

 ようやく C型肝炎治療です
2014_11
12
(Wed)22:19

手術無事終わりました

ご心配 お祈りありがとうございました
おかげさまで
最短切除ですみ 出血も 少なく 1時間半という短い時間で終わりました
これは本当に 開けてみなければわからなかったもので 不幸中の幸いが多くあったのです
祈りが届いたのですね

私のほうが ほっとして ぐったり
今日は病院の帰りに整骨院に行き 頭痛が少し楽になりました
ので 遅ればせながら ご報告させていただきます


経過も順調なのですが
なにせ腸を出して手探りで調べた後おなかに戻したのですから
盲腸や帝王切開とは痛さの桁が違うのでしょう
盲腸でも術後笑ったら死にそうに痛かったのを覚えています 

ICUでは管だらけでしたが 今日は排尿管も取って
歩いてトイレに行っていました 
これはリハビリで 歩かないと腸が動かないままになったりで これも大変なのだそうです 


                        手術室には がにまたでずんずんはいっていったのですが・・・
手術待ち時間 談話室で落書き手術に向かう

今は 起き上がるのも大変で ウンウン唸っています
おなかの中の血を流す管をつけたままなのが とても痛いたしいです

その上 これで 病気が治ったというのでないというのが
あの人の顔を 悲壮にしています

急に寒くなりました
明日はもっと寒くなるとか みなさま 風邪などひかれませんように
2014_11
09
(Sun)19:35

明日 手術

明日1番 手術です
8時半には入室9時から開始だと説明を受けました

開いてみないと判らないところもたくさんあるので
切る部位や 切り取る量は 増える可能性もあり
腸を出して手探りで丁寧に見て行くので 時間もはっきり予測はできないそうです

そんな病気なのだと 知ってましたよ だから ぎりぎりまで 手術はしませんでしたよ
それでも まだまだ これでもかこれでもかと 悪い事態ばかり聞かされました

手術前の説明というのは あれは 脅しですね・・・

質問やわからない点がありましたら? ときかれても 言葉になりません
じゃあ 何のために手術するんですか?といいたくなるのを ぐっと おさえるばかり
手術受ける本人に聞かせるにはなんだか 治りが悪くなる刷り込みにならないかと心配ですが
当の本人は 淡々とした表情で
説明の後も 何時もより穏やかな表情で  元気に憎まれ口をたたいていました

どんなに脅されようと
どんな結果が待っていようと
選択肢はないのです
後々のことなんて考えている余裕はないのです
もう詰まってしまったのだから・・・
願書にサインするしかないのです

あの人も 書類にサインして 
明日 全身麻酔で眠ります

1ヶ月以上の絶食のつらさが やっと終わる それしか頭にないのかもしれません
手術して1週間くらい外科で傷を治し
その後消化器内科に戻り 少しずつ食べる訓練ですから 食べれるのはまだまださきですが

「食べれるようになったら 何たべたい?」 そんなことしかいえない私
答えはもらっていません
麻酔が効くまで そのことだけを 考えていたらいいかも

わたしは 一人で 食堂で 手術の間待っています
明るい マンガの本いっぱいもっていこうっと