細々とですが 生きています
びわのおばあちゃん
木曜日の昼過ぎに
棚田の向こう側に一人で暮らしているおばあちゃんが
「びわ採りにおいで」 と やってきました

「妹が とって帰ったけど まだ 熟れちょんがいっぱいあるけ 今からとりおいで」

畑作業を中断して 行きます

木熟のびわを ちぎっては食べ ちぎっては食べ・・・じゅるじゅる^^
「木熟は 味が違いますよねぇ~」と 喜ぶ私を見て喜ぶおばあちゃん
「この木がうちの木やから。いつでも もいで食べりよ。私がみよらんでもいいけね。」
・・・その ありがたいお言葉は 何度もいただいております。
   でも それを忘れてしまい また同じことを言うのです

びわ小

おばあちゃんは もう80過ぎていますが
一人で暮らして 畑も作っています
散歩もします わたしよりたくさん歩けます
3キロほどある バス停まで あるいていき買い物も自分でしているようです
たまに 荷物をもって帰っているのを見かけたら 声かけ 車にのせて帰ります 

最近毎日のように 棚田下の ジョンの散歩道を通って 我が家まで来て
同じことを聞きます
同じ説明をします
でも翌朝また 同じことを聞きに来ます
覚えていることもありますが
多くは 忘れ その日のうちにまた聞きに来ることもあります

「覚えきらんのよね・・・すぐわすれるっちゃねぇ」 と 自分の状態もいまはまだ わかっています
「ごめんねぇ 約束してて 迷惑かけてないやろか」・・・それが一番気になるようです

「わたしもす~ぐわすれるっちゃ」と笑うと 安心したように笑います
「あんたまだ若いけぇ」「検査で 少し できんやったことがあったんよ。」 と 言っています
「しょうがないよ。みんな としとるんやもん。
わかっとうけぇ 約束忘れても おこらんよ。でも 忘れんようには がんばろうね。」
そう言って
日時や 私の名前を聞きます
「(/ω\)イヤンわかっとるよぉ」 と笑いますが・・・ 正解は出ません

あはは がんばれぇ~

まいにち・・・日に 3度というときもあります

「今日は お前のマブダチ こんやんか」 とあの人
「びわ くれたんで  ちょっと落ち着いたんやない?」
「そんなもんか?」
「たぶん・・・出かけてた時 来てたかも・・・」
そんな話をしながら
びわを食べました

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雨があがりました
降りました~~

山がどこもかしこも川に変わったように 水がざあざあ流れて

うちも一緒に流れるかと思いましたが 無事とどまっております

ジョンは涼しかった分元気で 夜中も雷に向かって吠えておりました 
吠えた後には苦しそうにしているのが心配で 私は寝不足です

あまりに雨が降るので 
どうしようもなくどしゃ降りの中鳴いていた
蝉たちもかなり生き残ったようです(今日はまた うるさい・・・x_x)

夏野菜たちに病気が入ったかも・・・
今朝は ギンギンの日の光の中 キュウリとオクラが花をつけていました

トマトは・・・だめかも

あの人のビオトープは当然のごとく 氾濫しましたが

めだかの赤ちゃんたちは 雨のかからないところに避難させていて これも無事でした
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そして あのひとの症状が とてもよくなりました
(これは豪雨とは関係ありません^^;)

治験が終わってからの3か月 月1の検査では 徐々に悪い数値が出ていたのですが

4回目の今回 寛解と言ってもいいくらいの数値が出ました
本人も体が軽く感じられてきたと言っていました

治験が終わって 3か月すぎたら 次の治験の申し込みができます
悪化したら 治験しましょうと 張り切っていた 主治医は
次回の治験があきらめられないようで
「また悪くなるかもしれないから ここで治験を受けて しっかり押さえこんでおきましょう」と
やはり 治験おすすめですが
治験の薬はそんなに軽いものではありません
効くかどうかもわかりません

あの人は 水素水が効いたと だから 治験より 水素水で行ってみたいようです
私は 前回1年の治験でかなり症状が良くなってきた今 食事と 水素水でいこうと言っています
食事って大事だと ジョンもいいます((・_・))ハイ! 


なんにせよ あの人は もう治ったかのように朗らかで
私もなんだかうきうきしています^^

みなさまにも 長いこと
ご心配 応援 していただきありがとうございました

ほんのひと時のことかもしれませんが
長い長い 雨が上がったような気分です


 。。。あ それでも 夫婦喧嘩はしますけどね((・_・))ハイ!




 いろんな意味で
。。。 どうなるのでしょう 。。。この夏。。。

こどもの日に
ジナンから カーネーションが届きました

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小さい時には なけなしのお小遣いで お花買ってくれていたのに
中学くらいからは くれなくなりました
いくら催促しても くれなかったカーネーションです

「え もう届いた? 期日指定ができんやったっちゃ~
・・・ うん まぁ いつもできるかどうかはわからんけど
 初めての給料やし・・・」と ぼそり

サイコーに幸せです






被災地に 友人がいるということ
ここは 九州でも端っこの方なので 微々たるものだけれど
幾度となく かたかた・・・ と揺さぶられると
なんだか不安
その回数も減ったが

まだ熊本の方はぐらぐら揺れているようだ

今日は凄い雨風

昨夜 益城で被災した友達と電話で話す
日曜日は車で寝ていると言っていた
テントは 自前があって 家のすぐ横の空き地を借りれたので そこで生活するとのこと
「キャンプですか~」
「そうそうw 電気も来たし すぐ横に家あるけんね。入れるくらいには片付けたしね」
水と食ものは配ってもらえてるから大丈夫やし 職場でちゃんとした昼食べれるから 
仕事に行けるのがありがたい
と 笑う
無事が確認できた日曜日の 元気な笑いとは違っていた

あの時 ひとしきりひさしぶり~~と 感激して
「今日までは休みやったけどあしたっからは 仕事いかなんよ~~;」
「え~~ こんなときに~~??くるまうごくんなら うちにおいでよ!ここもどこまで大丈夫かはわからんけど」
「ありがとう!たしか そっち方面への道路はダメなんちがうかいな~」
そんな話したのだ

疲労が感じられる
でも 現地でがんばるとのこと
「いよいよのときはよせてもらうけん」と 笑う
御主人もお仕事があるし 
こんな時だから職場も大変なのだろう

この風雨は 被災地では どんな風に吹き荒れてているのだろう・・・

ホテル 旅館 を無償で利用できるようにしたとニュースで言っていた
障害のある人 病気の人・・・ 役所で手続きの後・・・

「体こわれるまえに 仕事休んで さ 遊びにおいでよ ね」
それだけ 再度言って 切る
電話で話すのもきつそうに思える
電話もメールも いっぱい来るだろう 
対応もしんどいだろう
電話も控えよう


雨が きらいだ








大寒に・・・
昨日  故郷の父の墓参りにいきました

父が 逝ったのも大寒の頃 たいそう寒い日でした

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ジナンがおなかにいて Drストップがかかっていたわたしは
今日か明日かというような状態の父に 最後の挨拶をして あのひとと、実家の片付けに戻っていったのですが
途中休憩に寄った 従姉のうちでラーメンをつくってもらい 
食べている途中だったと思います 
お箸がぱっしんっととても大きな音を立ててすっ飛びました。

3人は無言で目を合わせ
主人が 「早よ 食え。 病院に戻るぞ。」といいました
私が病室に戻り父の横に座って すぐでした

部屋につめていたみんなを家に戻した わずかの時間
あのひとも 私を病室に残し私の実家の片付けにトンボ返りしていました。

わたしは父の手をもっていました
ちょっと売店に行っていた母が 戻ってくると
 父は息を引き取りました

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私はよくお風呂から出た後爪を切っており
「夜爪を切ると 親の死に目に会えんよ」と 母に注意されていました
親の死に目になんか会いたくないと私は言い返していました
 
あの時おはしがすっとばなければ 会えてなかった死に目です
ほんとにお箸が すっ飛んだのかさえ いまではもう ぼやけてはっきり思い出せませんが

お酒の臭いをぷんぷんさせながら
いやだいやだと 本気で嫌がる幼い私をつかまえ
じょりじょり青髭をくっつけてくる父
くっさい酒の息
けたけたかん高い笑い声
鬼瓦のような笑顔
大昔の    とうちゃん
今もはっきり浮かんできます




祝 成人
成人の日は 明日ですが
成人式は今日だった 自治体は 多いようですね

わが市も 今日成人式で
ゆりちゃんは 今日また 晴れ着を着たようです

どんぐりゆりちゃんに再会2 
朝の5時半にメール着信音が大きく鳴り響きました
ゆり母からでした (はやいよ~~ねむいっちゃ~)

朝5時半から着付けで
成人式への送り迎え
明日は 他県の学校へと戻る新幹線駅まで送っていくそうです
成人しても 親は大変なのよね

どんぐりさんの赤ちゃん  成人の記念樹に  今日は 忙しいでしょうから 後日届けます
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 (安心してください どんぐりの木も 小さくして 残してますよー) 

最後のお子さんの成人式は やはり感無量のようです
わたしも ゆりちゃんの成人式は特別に嬉しい
小さい頃を知ってると 晴れ着姿がまぶしくてじ~~んときます

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年賀状 みなさんで大喜びで見てくださったとのこと
「ゆりちゃんのどんぐり」の記事も とても感激してくださったらしく
 ほっ・・・(。-人-。)ヨカッタ~

新成人さん 
ここまで育ててこられた親御さん
おめでとうございます
冬至に
まだ咳き込みますが 話せるようになると
またしても にょきにょき・・・ハハゴコロ~)) )
いっこうに連絡もくれない薄情な 独立心旺盛な息子らが 
風邪ひいてないか 寒い思いはしてないかとよけいな心配

電話する母・・・「いつ帰って来るんネ~?」・・・( 〃´艸`〃)


ジナンは26か27日に帰ってくる予定が まだ 新幹線の券を買ってないと・・「明後日買いに行く予定。買えんかったら帰れんけー」とあっさろけろり・・・「3日には戻らんといけんけ~3万かけて帰ってきて1週間とかないわ~3万かけて帰ってきたら1ヶ月はおらんと赤字や~」・・・(・ε・)

チョウナンは「正月~?勤務はいっとんで帰れん。」 以上・・・(´Д`;) 
・・・ ┐(´_`。)┌・・・

寒がるキンギョソウDSCF1982.jpg


ちゃんと食べよるんね?
今日は冬至なんよ かぼちゃ食べリいよ ・・・ぼそっと母のつぶやき
 彦山へ
従姉と 彦山に行きました

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英彦山は 小中学校の校歌にも入っていた 故郷のシンボルです

故郷の人たちは 英彦山を敬っておりました

学生時代 宿屋で仲居さんのバイトもしました

でも もう~~~ず~~っとご無沙汰

神様に お詫びしてきました

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小学校のころ 従姉一家にまじって 英彦山に登ったときの思い出話で 大笑いしながら ぜんざいを食べました

女の子が男の子に混じってまんま男の子のように 遊べたのは
小学校に上がる前から 低学年の頃にかけてですね
当時の従姉は 活発で頭もよくて何でもできて 男の子になんか負けてなくて
私の憧れ ヒーロー(^^;) で 
いつも 従姉の後を追っかけておりました

小さい頃の 思い出話にも火がつきました

お人形遊びや おとなしいままごとは あまり覚えていませんが
ままごとも 外で 本物のカミソリとかを使って しょっちゅう 指を切りました
ままごとの家は 山の中の隠れ家です

やんちゃな遊びは 全て 従姉とその遊び仲間から学びました
ちっちゃい私は 本気でかまってももらえないし 
その分甘やかされもしません
ただただ あそんでほしければ ついて行くしかないのです

てってけってけ ひっしでおっかけるちびっ子の私を 
友達と遊ぶのに夢中で 振り向いてもくれない従姉でした

深い川で おぼれて 何度も死にかけました^^;

そんなときだけは やってきて ちゃちゃっと 助けてくました
助け方も乱暴ですが 上手でした

手や足をぐいぐい引っ張って岸に連れて行くのです
暴れたり しがみついたりしたら 沈めて おとなしくさせて 引っ張っていくのです 
息を吹き返したら
また ほっぽって ちゃっちゃと 遊びに出かけるのです

大人は ま~ったく 関与せず ほんとに子どもの世界

今じゃ 考えられん あっぶないことばっかしやってたよね
よく死なんかったよね 

大いに笑いました



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昔は 急な 長い長い階段を 歩きました  かけっこもしました

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今では モノレールみたいな 未来ぽい乗り物が運んでくれます
今では すっかり お上品なおばちゃま(^^;) に なった二人には ちょうど良いですね
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